ひきこもってパソコンで色んなブログを見ていると、今までにコミュニケーションをとってきた人がいかに少なかったかが思い知らされる。
いろんな考え方があって、新たな思想に遭遇するたびに色んな気持ちが湧いてくる。このエントリーもそういった影響から書いてるんだと思う。
今回はどうやったら幸せになれるのかってことを考える上で、「不幸せな状況を捨てる」ってことを提案したい。
苦肉の策
中学のころ、同級生からとても嫌われていたデブのヤンキー崩れみたいな女がいた。彼女(以後「豚」とする)は色んな方法で人に媚びていたが、地の性格とあまりに恵まれないルックスで底辺の名を欲しいままにしてきた。
そこで彼女は後輩に積極的に絡みにいき、そこでいきがる事によって自己を保つことを選んだ。僕の学年は後輩と繋がりが薄かったため、後輩は先輩の豚をヨイショするしかなく、結果豚はかなり気持ちいい感じになっていただろう。もちろん後輩からは嫌われていただろうけど。
もちろん後輩といるとき態度がでかくなる豚に対してどんどん人は離れていき、後輩からも見捨てられ、また1学年下、と言う風に非常に苦行な事態に陥るわけだけど、今考えてみると決して責められることじゃないと思うんだよね。もちろん豚は人間的にも糞だったし、そこに異論はないんだけど、幸せかどうかって観点でいくとヨイショされてる間は幸せだったと思うんだよ。まぁ周りの人間性も対して変わらない一学年下の後輩は豚を長期間受け入れることはしなかったから結果的にさらに辛いことになっちゃったけど。
我慢はマズい
よくいじめられた生徒が自殺するニュースに対してこんなことを言う人がいる。
「ここまで思いつめる前に人に相談すればいいのに」
もちろんそのとうりだと思う。ここに幸せになるヒントが隠されてると思うんだ。
まずなんで親に相談なり友人に相談なりしない生徒が存在するかというと、やっぱり「いじめられる側も悪い」みたいな認識が割りとみんなあって、被害者の子も多かれ少なかれそういう思想に浸かってしまってるって事だと思うんだよね。もちろん、「僕は全然悪くないのに」みたいなことを思ってるだろうけど、少なくともいじめが氾濫する教室ってのは基本的にみんな加害者サイドだからものすごい劣等感と「自分が悪い」的なことを思っちゃうんだと思う。まぁあくまで推測だけど、ドロップアウトしてニートだからまぁ被害者の気持ちは少しは分かるかな・・・みたいなww
で、そんなことを思ってしまう背景にもうひとつ、「みんなが加害者サイドじゃない空間」ってのがあるってことを認識できてないってのがあると思う。経験あると思うけど、小学校中学校なんかは見えてる世界が狭くて、やけに自信たっぷりだったりして黒歴史な人もいるんじゃなかろうか。
そんな感じで、被害者の子の中で「自分がいけないんだから自分を治す努力をしよう」的な方向に意識が向く。これは非常にマズい。というのは、こんな劣等意識の中で、こんな支えのない中で頑張れるわけがないから。少なくとも僕なら頑張れませんww基本的にご褒美がないと頑張れないじゃん、人間って。で、支えのない状態が続いて、いじめられ続けると・・・悲しい結末が待ってる。いじめの是非について問うつもりはないけど、大人になった?僕たちならもう少し賢い選択をしようじゃないか。
ここで僕が提案する答えは非常に単純。逃げればいいのだ。というか、ニュアンス的には「捨てる」といったほうがいいかな。
世界は広いんだし、素の自分を受け入れてくれる場所があるって。という風に楽観的に捉えよう。
でも一般的な感覚では「逃げるのは人間のクズ」的な考え方がどうしてもあると思うんで、そういった倫理観というか固定観念が逃げる足を引っ張ってくる。
ここが多分一番ムズいんだと思う。誰かに背中を押してもらうのが一番楽だと思うけど、そんな人が近くにいればすでに幸せかもしんないしね。
でもまぁ一般的な感覚の中に生きてて、満足できてないなら「クズ」にならなきゃ幸せになれないと思う。とにかく不幸せだと思ったらすぐに縁を切って、そのことを悪いと思わない図々しさが必要なんじゃないかな。周りからあまりいい顔をされなくても、素の自分を受け入れてくれる人がいれば、それはすげぇ幸せなことだと思うんだ。
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[ 2008/04/18 06:42 ]
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